只管打織

わたしは常々、
ただ織ればいいと言っています。

何を創ろうとか、
どんな布にしようとか、
そんなことは考えなくて良いのです。

織れば勝手に布はできるのだから。
それがどんな布になろうとも、
織りあがった時に、
何になりたいのかをその布自身に聞けば、
あなたを十分に満たす「何か」にはなるのだから。

始めから制限を設けて、
自分の感性を小さくしない方がいいのです。
この、ただ織るという行為は、
座禅に通じるものがあると思います。

禅の世界に只管打坐(しかんたざ)という言葉があるそう。

悟りを求めたり想念をはたらかすことなく、
ひたすら座禅することだそうですが、
まさにそれ。
だから、
さをり織りセラピーはすなわち、
只管打織(しかんたしょく)。

 

今の時代、
目的のないことは、人を不安にさせます。
意味のないことは、罪悪感を生み出します。

でも、あえてそれをすることで、
見えてくるものがあると思うのです。

目的のないことをすると、本当の目的が、
意味のないことをすると、本当の意味が、
すべて自分の中にあるということが。

始めから、すべて備わっていたということが。

それに気づくと、
自分という存在の尊さや、
そこに秘められた可能性は、
あなた自身の目を眩ませるほどに素晴らしいと知るのです。

あなたにも、
さをり織りセラピーを通して伝えたい。

わたしがさをり織りに出逢い、
織り続けて気づいた、
とても大切なことを。

 

 

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